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2013.6.30 「差しのべられた手」 マルコによる福音書1:40-45

1:  病

 みなさんには、「病がわたしを変えてくれた」という経験があるでしょうか。病気があったからこそ、祈りがあると。病気があったからこそ、神様に出会えたと。病気があったからこその、人々の支えに気がつかされたと。そのように思う経験があるでしょうか。

 

2:  孤独の中で

 重い皮膚病を患っている人、彼は孤独でした。隔離されることで、一般生活も十分ではなかった人間です。そんな中で、もはやイエス様に頼るしかない、そんな人間の姿ではないでしょうか。

 重い皮膚病の人は、イエス・キリストのところに来ました。キリストの前にひざまずき、へりくだるのです。そして、ただ神様の意志を求めるのです。もはや神様にひざまずき、へりくだり、祈り求めるしかなくなったのです。重い皮膚病の人は、イエス様にどこまでもへりくだって生きるしかないと、そこに生きる人生を求めたのです。

 

3:  手を差しのべられた

 イエス・キリストは、この重い皮膚病の人を「深く憐れまれ」ました。イエス・キリストは、孤独で、不安で、イエス・キリストにすべてを賭けてきた、この人のすべての想いを、自分自身の想いとして、共に苦しまれたのです。

重い皮膚病の人が孤独でした。そばを歩く人もいなければ、一緒に食事をして生きる人もいない。想いを合わせて生きる人もいなければ、肌を触れ合い生きる人なんているわけがないのです。キリストはこの人に触れられました。キリストの癒しは人間の一番苦しいところに「手をさしのべる」こと「触れること」です。ここにイエス・キリストは神様の愛を示されました。赦しあい、励まし合い、共に祈り合い、愛し合うこと。ここに本当の癒しがあると、キリストは隣にきてくださったのです。

 

4:  共に生きる

そしてイエス様は「出かけるように」と言われます。それは、「おなじように孤独な人、苦しんでいる人の、隣人になりなさい」というのです。イエス様は私たちに教えます。「わたしと共に、出て行こう」と。そして「隣で、孤独に悲しんでいる人、さびしく泣いている人のところに、歩いていこう」と教えています。

これが主イエス・キリストの福音です。キリストが私たちの隣人となり。そして私たちが隣人と共に生きる者となることを願っているのです。今、私たちも、キリストと共に、出ていきましょう。私たちも、隣の人と共に励まし合い、お互いのために生きて、仕えて生きていきましょう。