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2015.8.23 「真実の信仰」 マルコによる福音書12:38-40

1:1 社会の中に生きる者

 イエス様は「律法学者のふるまいに気をつけなさい」と語ります。イエス様はこの言葉を、明らかに大勢の群衆に聞こえている言葉として弟子たちに語りました。それはキリストによる信仰とは、世の中の人々のうちに生きる者として、社会に生きるなかに「信仰」はあるということです。

 信仰とは、「神を愛する」という縦の関係と共に「隣人を愛する」という横の関係が必要なのです。私たちはこの世において生きる者として、共に生きる人に目を向けてこそ、真実の信仰を見出すのです。


2:1 見せかけの信仰

 イエス様の弟子とは、イエス様に選ばれて弟子とされた者です。しかし、このときの弟子たちは、自分たちの中で一番偉い者は誰なのかという議論をしては競いあっていたのです。そんな弟子たちに、イエス様は「律法学者に気をつけなさい。」と語るのです。これは、誰が一番偉いかと議論をしていた弟子たちに向かって、「見せかけの信仰を持つこと、自分の信仰を誇る者となることに気をつけなさい。」と語っているのです。


3:1 十字架につけた信仰

 イエス様の弟子たちは、自分の正しさ、自分の偉さ、自分の名誉など、エゴイズムの中に生きていました。そして、その自己中心的考えが、イエス・キリストをただ一人きりのうちに十字架へかけていったのです。イエス様の弟子イスカリオテのユダがイエス様を裏切り、また一番弟子のペトロは、イエス様に「どこまでもついていく」と言いながら、いざという時に逃げ出していきました。同様に、すべての弟子たちはイエス様が十字架で苦しんでいるときに、一緒に歩むのではなく、逃げ出していったのです。


4:1 真実の信仰を造りだす

 イエス・キリストは、十字架に架かられました。それは私たちの自分中心的な思いが完全に砕かれるためにです。イエス・キリストの十字架を見つめるとき、私たちは、自分が正しい信仰を持っているとは言えないのです。私たちは、間違っている。だからイエス・キリストは十字架についたのです。しかし、そこでキリストは終わりませんでした。キリストは復活されたのです。イエス・キリストは私たちの見せかけの信仰を砕かれ、その信仰から「真実の信仰」を造り出したのです。イエス・キリストの復活は新しい命、真実の信仰の創造なのです。「真実の信仰」。それはイエス・キリストの十字架の前にひざまずき、そして、復活のイエス・キリストの前に、新しく命を頂いていくことです。イエス・キリストは隣人に目を向け、隣人を愛し、隣人に仕えていく道を示されたのです。これが本当の信仰「真実の信仰」です。