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2016.7.17 「十字架から自由を得る」 (要約) マルコによる福音書15:16-32

1:  ローマ兵による侮辱

 ローマの兵士たちは、イエス様を侮辱します。イエス・キリストは人間の身勝手な行為によって十字架へと向かうのです。神様は私たちの弱さ、間違い、道を踏み外す心を受け止めてくださり、どれほど人間の勝手な行為であっても、神様が自らのご計画のうちにある出来事とされるのです。もちろんだから何をしてもよいということではないでしょう。私たちにはこの十字架による、救いの道が開かれているのです。

 

2:  上から押し付ける権威

 ローマ兵はイエス様を傷つけ侮辱を加えました。ローマ兵はとても大きな誘惑を受けていたのでしょう。自分たちがだれかの上に立ち、好き放題できるという誘惑。自分たちがどこか権威をもったと感じるという誘惑です。人間にとって、権威を持つことは大きな誘惑となるでしょう。自分の言葉に従う人がいる。まるで神様にでもなったようです。

 このような誘惑のうちに、イエス様を傷つけ、暴力を加えたローマ兵に対して、イエス様は、何も語りませんでした。聖書はこのようなイエスを、キリスト、救い主として示したのです。イエス・キリストによって表された真の権威は、どこまでも神様の御言葉に従順であり続けることによって表されたのです。

 

3:  当時のキリスト者へのメッセージ

 この福音書が記された時代の、マルコの教会は、実際にローマの権力によって迫害のうちにあったのです。だからこそ、このイエス様の神様に従い続ける記事は、人々を力づけたのです。迫害され、笑いものとされ、生きる希望を失いそうになるなかにあって、このキリストの姿は、人々を力づけたのです。苦難の中で生きる人々に勇気を与えたのでした。

 私たちは、どれほど困難のうちにあっても、キリストによって示されたへりくだりの道、神様に従い続ける道を歩いていく。その勇気をイエス様ご自身が与えて下っているのです。

 

4:  私たちの歩く道

 イエス・キリストは十字架にかかり、死ぬまで神様に従い続けました。イエス様が示されたのは、上から押さえつける権威に従うことではなく、神様の御心に従いなさいということです。無抵抗になりなさいということではありません。時には、神様の御心を表すために、声を挙げる必要もあるのだと思います。私たちは確かにイエス・キリストの十字架によって、上から押さえつける権力に対して自由なものとされたのです。私たちは、この神様の愛を伝えるために歩き出したいと思います。