1: 召される者
レビは収税所に座っていました。徴税人とは孤独な仕事でした。ローマの手下とされ、ユダヤの人びとからはよく思われない上に、余計に税金を着服する人もいる。そんな人々とだれが友達になるのでしょうか。孤独なレビに、イエス様は声をかけてくださったのです。
2: キリストの招き
イエス様の招きは、一方的で主権的な招きです。レビが招かれた時は、仕事をしているときでした。ここに表されていることは、「神様の召命」の主権性です。神様の召命は一方的な招きなのです。
私たちもまた、何も考えずに不思議で驚かされるほどに、神様の一方的御業の中で招かれていなかったでしょうか。いつの間にか心がとらえられ出会わされていた。いつの間にかキリストによって満たされていた。そのような神様の招きに招かれていたのではないでしょうか。
3: わたしに従いなさい
イエス・キリストは「わたしに従いなさい」と言われます。キリストは、真正面から向かい合い、レビにしっかりと向き合った中で言われるのです。「わたしに従いなさい」と。それは「わたしにすべてをゆだねて生きていきなさい」と「私を信じて、人生をわたしに預けて生きていきなさい」と。
「わたしに従いなさい」。イエス・キリストの言葉は、私たちが自分自身のために生きる人生から、キリストのために生きる人生への変換です。どのような目的でも、どのような夢であっても。それは「キリストのために」生きるようにと、変えられるのです。それが「わたしに従いなさい」という言葉、イエス・キリストの招きであります。
4: 医者を必要とする者
イエス様は「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」(17)と答えます。ここであらわされる「病人」、医者を必要とする人。それは、人間的力の限界を感じた者。そして心に限界を感じている者。そして、へりくだる準備が、心をイエス・キリストを明け渡す準備ができている、神様に招かれている人々であります。
主イエス・キリストは今、「わたしに従いなさい」と私たちを招いて下さっています。私たちは、この主イエス・キリストの言葉、神様の招きに応えて、歩みだしましょう。
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