今日から、主イエス様の誕生を喜びと希望をもって迎える待降節が始まります。主イエス様は民族、国境を越えて、すべての人の救い主であるゆえに、待降節の最初の週と次の日曜日まで、私たちは世界のことを覚えて祈り、献金をする世界祈祷週間を持ちます。福音宣教の対象は、「すべての民」です。ここで「民」と翻訳された「エスネー」とは、「エスニック」料理などという言葉もあるように、国民というより、民族というような意味です。現在世界には195ヶ国ありますが、聖書は、2012年現在で、2551言語に翻訳されています。すべての民が母国語で聖書を読めるようにとの努力です。
1.私たちは世界の教会から祈られています。古い話ですが、私は1978年9月から、家族は半年後から三年半スイスに留学しました。多分最初の世界祈祷週間だったと思います。世界祈祷週間のポスターを良くみると、イエス様が木のタライで産湯を使い、マリヤとヨセフは日本の着物を着ていたのです。1978年、全世界のバプテスト教会は日本を覚えて祈ったのです。
1991年今度は米国に1年留学しました。ヴァージニア州リッチモンドのユニオン神学院は長老派の神学校でした。ところが、その年の長老派は日本を覚えて祈る年だったのです。私は数か所の教会に招かれ、説教をする機会がありました。全世界の長老派教会が心を合わせて日本のために祈ってくれたことでしょう。そして、リッチモンドは南部バプテストの世界伝道局があり、世界祈祷週間の産みの親ロティ・ムーンの出身地です。彼女の姉は病弱でしたが、イエス様のために一生懸命働きました。ロティーは中国への宣教師で、中国のために祈って欲しいという彼女の願いから世界祈祷週間が始まりました。彼女が幼いころ駆け巡ったであろうリッチモンドの岡、彼女と姉が働いていた病院を見た時には感動しました。このような女性が世界を動かす祈りをしたのでした。私たち、東福岡教会もメアリー・ウオーカー宣教師の奉仕された教会です。国と国は、政治、経済、軍事などで利害が対立します。しかし、その国の人の「顔」を知っているという事実が私たちに平和を求める祈りへと導きます。それは神の国のしるしです。私たちは世界のキリスト者と教会から祈られているのです。
2.そうであれば、私たちも世界に生きる人々のために、特に、経済的、政治的、軍事的に抑圧されている人たちのために祈り、捧げましょう。
3.イエス・キリストの到来によって、インマヌ エル(神、われらと共にいます)が成就しました。その完成を希望を持って待ちましょう!(松見 俊)
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