1 ヤコブへの報告
兄たちは、エジプトでの出来事をヤコブに報告します。報告しなければならないことは「自分たちが回し者だと勘違いされていること」「シメオンがいないこと」「ベニヤミンを連れていかなくてはならないこと」です。食べ物がなくなった中、食物を買いに出かけた兄たちにとって、このヤコブへの報告は最悪の報告となっていたのではないでしょうか。兄たちはヨセフを失った今、ヤコブが弟ベニヤミンを大切にしていることを知っていたでしょう。今回も、弟ベニヤミンの上に何か不幸なことが起きないようにと、エジプトに行く兄たちに同行させなかったのです。ヤコブにとってベニヤミンはなによりも大切な存在だったのでしょう。
そんなヤコブに「末の弟ベニヤミンを連れていかなくてはならない」ことを伝えるのです。兄たちはこの報告をできるだけ理解してもらうため、その条件がそれほど悪くないものであるように説明していきます。
兄たちはこのように言われたというのです。「ただし、末の弟を必ずここへ連れて来るのだ。そうすれば、お前たちが回し者ではなく、正直な人間であることが分かるから、お前たちに兄弟を返し、自由にこの国に出入りできるようにしてやろう。』」(33)
実際にヨセフはこのように言いました。「末の弟をここへ連れて来い。そうして、お前たちの言い分が確かめられたら、殺されはしない。」(20)本当は「殺されはしない」と言われただけのことですが、それを「自由にこの国に出入りできるようにしてやろう」と言われたと、少しでもその条件が良いものだと伝えるのです。
2 ヤコブの嘆き
父ヤコブは息子たちに言った。「お前たちは、わたしから次々と子供を奪ってしまった。ヨセフを失い、シメオンも失った。その上ベニヤミンまでも取り上げるのか。みんなわたしを苦しめることばかりだ。」(36)
ヤコブはヨセフを失い、シメオンも失いました。続けてベニヤミンまでも連れて行かれることは耐えられない要求だったのです。ヤコブはその嘆き、受け入れられない事実から、そのすべての責任を兄たちに押し付けているのでもあります。
もともとエジプトに行くように言ったのはヤコブでした。「どうしてお前たちは顔を見合わせてばかりいるのだ」「聞くところでは、エジプトには穀物があるというではないか。エジプトへ下って行って穀物を買ってきなさい。そうすれば、我々は死なずに生き延びることができるではないか」(1-2)もともとヤコブが食べ物を得るために兄たちをエジプトに行かせたのです。しかもベニヤミンになにかが起こってはいけないからと、ベニヤミンだけを置いて行かせたのです。ヤコブはその責任のすべてを兄たちに押し付けているのです。ヨセフが失われてどれほどの時間がたっていたのでしょうか。それでもヤコブはヨセフを忘れることはなかったのです。そしてまたシメオンが失われ、またベニヤミンまでも連れて行かれる。ヤコブには耐えることのできない苦しみだったのでしょう。
3 ルベンの言葉
ルベンは父ヤコブに言いました。「もしも、お父さんのところにベニヤミンを連れ帰らないようなことがあれば、わたしの二人の息子を殺してもかまいません。どうか、彼をわたしに任せてください。わたしが、必ずお父さんのところに連れ帰りますから。」(37)
一人の息子ベニヤミンを連れて行き、帰らないようなことがあれば、自分の二人の息子を殺してもいいと言うのです。これはヤコブに対してルベンが2倍のものを委ねることを示した言葉です。しかし、ルベンの子どもを殺したところでいったい何になるのでしょうか。ルベンのこの申し出は何も生み出さない言葉です。ベニヤミンが帰ってこないときに、ルベンの子どもを殺してどうするのでしょうか。
このあとベニヤミンを連れて行くために、今度はユダが父に訴えます。その言葉は「あの子のことはわたしが保証します。その責任をわたしに負わせてください」(43:9)と言ったのです。この時にはすでに食べ物も尽きていたことから、ヤコブにもどうすることのできない現実があったのです。同時にこのユダの説得はルベンの説得よりも、父を納得させることになったのです。
4 ベニヤミンへの執着
この時シメオンは人質となっていました。それでもベニヤミンは無事です。ヤコブにとってベニヤミンは生きるすべてです。それは兄たちもよくわかっていたでしょう。ベニヤミンは連れて行かないで、自分たちがエジプトに向かい、シメオンは人質とされているのです。兄たちはどのような思いだったでしょうか。
ヤコブはこのように言います。「いや、この子だけは、お前たちと一緒に行かせるわけにはいかぬ。この子の兄は死んでしまい、残っているのは、この子だけではないか。お前たちの旅の途中で、何か不幸なことがこの子の身に起こりでもしたら、お前たちは、この白髪の父を、悲嘆のうちに陰府に下らせることになるのだ。」(38)
エジプトでシメオンは人質となっているのです。そして、食べ物は底をついていくでしょう。それでもヤコブはベニヤミンを離そうとはしませんでした。ヤコブのベニヤミンへの強い執着心を見ることができるのです。そしてそれは母ラケル、そしてヨセフに対するものでもあるでしょう。ここにヤコブの強い偏愛を見ることができるのです。
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