世界は、貧富の差の拡大、テロの多発、差別、殺戮で満ちています。不安と恐怖に根指した流言蜚語、暴力と刹那主義が伝染病のように広がっています。その中で私たちは、「ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう!」と勧められています。
1.預言者が直面した現実
この勧めは、何か楽観的な状況の中で語られたのではありません。すぐ後の6節に、「あなたは御自分の民、ヤコブの家を捨てられた」と語られているように、悲劇的現実の中で語られています。当時の世界の合言葉は、「力には力で、剣には剣で」であり、生き残りのための同盟強化と軍事力増強でした。
2.「幻」に見たこと
預言者イザヤはそのような現実の中で、豊かな実りを期待して、剣と槍を、鍬や鎌に打ち直す鍛冶屋さんと農民の喜びに溢れた姿を将来ヴィジョンとして描いたのです。今日、私たちは、どのような幻、どのような将来像を描いているのでしょうか。「幻」とはどこか人間の経験でありながら、人間の外側からやって来る経験なのです。
3.剣を鋤に、槍を鎌に打ち直せ
武力を放棄することは歴史的な人間的経験の延長線上からは出てこない夢です。しかし、「現実主義」は単なる現状追認にすぎず、人間の堕落であり、滅びです。むろん、現実を直視しない単なる「理想主義」は単なる空想であり、無力です。信仰の幻こそ、現実を踏まえ、しかも現実を造りかえる勇気を与える力なのです。
4.語られるべきことは語られた
2節に「終わりの日に」という言葉が登場します。私たちは、「終わりの日」は、イエス・キリストの到来において、すでに私たちのただ中で、出来事として起こっていると信じています。主イエスは、「剣を取る者は剣で滅びる」と語られ、非暴力抵抗の十字架の道を歩まれることでイザヤのヴィジョンを成就しました。語られるべきことは決定的に語られています。
5.主の光の中を歩もう
しかし、人はこれに耳を傾けず、滅びの道を歩み始めています。自分たちの欲望、嘘・偽り、傲慢により、これに従おうとはしないのです。しかし、「闇に追いつかれないように」、光の中を歩みましょう。(松見 俊)
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