1 49章の内容
49章1節から「ヤコブの祝福」として始まります。そして、最後28節では確かに「祝福」したということで終わります。ただ、すでに48章において、ヨセフの子マナセとエフライムを祝福したヤコブにとって、兄たちにも祝福をすることはヨセフの子マナセとエフライムの祝福を宣言した行為と言えるのです。
内容を見てみると祝福というよりも、「これから起こること、これまで行ったこと」などが語られています。文体、内容から、イスラエル族の非常に古い時代に成立した資料と、だいぶ時代が過ぎた資料が混雑したものであると考えられています。
2 簡潔に記された部族
ここでは簡潔に部族の特色が記された部族と、それよりも少し長くその部族について語った言葉があります。とても簡潔に記されているのは、ゼブルン、イサカル、ダン、ガド、アシェル、ナフタリ、ベニヤミンです。そして少し長く記されているのが、ルベン、シメオンとレビ、ユダ、そしてヨセフです。
① ゼブルン 13節
ゼブルン部族の領土は海岸沿いであり、その領土はシドンというフェニキアの海岸都市まで達したことを暗示しています。
② イサカル 14節
意味としては、カナン人が支配する地を自らの住む場所としたことから、奴隷となっていったと、厳しく非難されています。
③ ダン 16-18節
「裁く」という言葉は、発音として「ディン」という発音で、「ダン」とのごろ合わせとして記されたとされます。ダンはいつも小さく、わずかな部族であったこと、それでも小さくとも恐るべき存在であったということを教えています。
④ ガド 19節
ガド族はヨルダン川の東に置かれた部族であり、東からの襲撃隊、略奪者にいつも襲われていました。また「彼らのかかとを襲う」とはその強さを表す言葉です。
⑤ アシェル 20節
アシェルの地は肥沃な地でした。申命記では「アシェルのため彼は言った。アシェルは子らのうちで最も祝福される。兄弟に愛され、その足を油に浸す。」(33:24)とも言われます。
⑥ ナフタリ 21節
ナフタリはアシェルと同様に、豊かな地であり繁栄しました。
⑦ ベニヤミン 27節
ヨセフ物語では、これまでとてもかわいがられ大切にされてきた者です。またベニヤミン族からイスラエルの初代王サウルがうまれ、南ユダ王国はユダ族とベニヤミン族から構成されていたのでありながらも、ここでは祝福された者ユダと大きな違いがあります。
3 ルベン、シメオンとレビ
⑧ ルベン 3-4節
ルベンを「長子」と認めながらも、そのうえで「長子の権利を失う」と記しているのです。ルベンは創世記35章において父の側妻とされるビルハと寝たという罪を突き付けられるのです。
⑨ シメオンとレビ 5-7節
シメオンとレビについては、創世記34章の物語から事柄から、このように記されているのでしょう。怒りのままに人を傷つけることに対しての批判的思いを受け取ることができます。
4 ユダ、ヨセフ
⑩ ユダ 8-12節
ユダ族からダビデへとつながっていきます。そしてイスラエルの中心となっていくのです。またこのヨセフ物語において、ユダの働き、嘆願によって、ヨセフの心を動かしました。実際にユダ族からイスラエルの王ダビデが生まれるのです。ダビデ、そしてイエスへとつながっていくのです。この資料が記された時に、ユダ族がイスラエルの中心であったと見ることができます。
⑪ ヨセフ 22-26節
このヨセフに対しての言葉においてのみ「祝福」という言葉が語られます。そのほか、どの兄弟にも語られなかった「祝福」という言葉が、ヨセフに対してのみ7回も語られるのです。 ユダとヨセフの箇所からは、このあと、ダビデ王と繋がっていくユダ族、そして北イスラエルの中心的地位を持つことになるヨセフ族の地位から、祝福の言葉が語られているのです。
5 おのおのにふさわしい祝福
ヤコブの言葉は、12人に対して、それぞれがこれまでしたこと、そしてこれからの出来事、またそれぞれの12部族としての特色を示しています。最後にヤコブは「これらはすべて、イスラエルの部族で、その数は十二である。これは彼らの父が語り、祝福した言葉である。父は彼らを、おのおのにふさわしい祝福をもって祝福したのである。」(28)と言います。「おのおのにふさわしい祝福をもって祝福した」。それぞれがふさわしい祝福に満たされているということは、とても素晴らしい人生の道を示しているのではないでしょうか。
「どれほど小さい者」も、「罪を犯した者」も、そして「神様の祝福を感じつつ生きている者」も、どこにあっても主なる方は私たちと共にいて、私たちに必要なものを与え、私たちにふさわしい祝福を与え、備えてくださっています。
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