1.まず恵みが与えられた
19章から、神様から律法を授かり、契約を結ぶ話となっていきます。律法の中心は今日の箇所19章から24章までです。神様は、「あなたたちを鷲の翼に乗せてわたしのもとに連れて来た」つまり、まずエジプトという奴隷の状態からの、救いの御手を差し伸べてくださったのです。
神様との関係は「救いの恵み」から始まります。救いは神様の一方的な主体的行為なのです。そのうえでその恵みを受け取り生きていくこと、それが「契約を守ること」です。神様の恵みを受け取るとき、神様の「宝」「聖なる国民」として、私たちは喜んで生きることができるのです。
2.信仰共同体としての告白
モーセが主の言葉を伝えると、イスラエルの民は「わたしたちは、主が語られたことをすべて、行います」(8)と答えたのです。「主が語られたことを行います」。これは確かな信仰告白です。このように信仰の告白を素直に言えることは、それほどに神様の「愛」「救い」を実感していたのだと思います。
ただ、ここでの言葉は「神様の愛を感じた」個人的、感情的、一時的な信仰告白ではなく、イスラエルの民の共同体としての信仰告白なのです。イスラエルの民は共同体としての神様に信仰を告白したのです。17章ではアマレク人との戦い、18章ではエトロの訪問による、モーセへの助言に続いて、ここでも、信仰共同体としてなっていくイスラエルの姿が見えてくるのです。
3.聖なる神様
神様は自らが降りてこられるときに、イスラエルのために、まず「備えなさい」と言われるのです。ここには、神様が聖なる方であることを教えています。私たちは神様の「聖さ」をどこまで感じているでしょうか。
人間が日々の生活において神様がいることを認めることは、面倒くさいことなのだと思うのです。自分がしたいことする。そんな自分勝手の人生のほうが、楽で気ままでしょう。神様はこの世界、そして私たち人間と関わられる方なのです。神様は山の頂に降りてこられました。神様は聖い方、偉大な方でありながらも、人間と関わられる方なのです。
4.十戒によって示されていく生き方
神様とイスラエルの民との契約は、この19章から始まり、十戒へと続いていきます。十戒は人間が、神様に愛されていることをきちんと覚えて生きていくために示された道です。この神様の与えて下さった十戒の道をこれから学んでいきたいと思います。(笠井元)