パウロは書簡の最後の部分で、「あなたがたがわたしへの心遣いを、ついにまた表してくれたことを、わたしは主において非常に喜びました」(10節)と書いています。パウロを思う思いが枯れたかなと思ったけれど再び、花開くように、「芽生えてきた」と言うイメージです。新しい年、私たちは、開花を目指してどのような芽生えの時を迎えているでしょうか?
パウロは、物質的支援よりも、フィリピの人々のパウロに対する「心遣い」を喜んでいます。人間同士のモノのやり取りが前面に出ると、「感謝が足りない」とか、「気が付かない」とか不平不満の余地があるでしょう。パウロはそれゆえ、モノのやり取りの背後のフィリピの人たちの「心遣い」を喜びます。
パウロは自分が欠乏しているから、フィリピの支援を喜んでいるのではないと多少弁解します。自分は「置かれた境遇に満足することを習い覚えた」といっています。日本社会でも「足るを知る」という言葉があり、ギリシヤ・ローマ社会でも、「足るを知る」ことは人間の「徳」として評価されていました。ただ、パウロは、それを自分の努力で身につけたというのではなく、「わたしを強めて下さるお方のお陰で、わたしにはすべてが可能です」(13節)というように、主イエス様の助けによって、足ることを学んでいます。
12節では、当時の神秘主義、神秘宗教の悟りを指す言葉を使います。「貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも」いついかなる場合にも対処する「秘訣」を授かっていると語ります。
あらゆる境遇に処するには、「何よりもまず、神の国と神の義を求める」ことです。それがはっきりしていれば「これらのもの(この世の必要)はみな加えて与えられる」という単純で、自由な気持ちで生きることができることは確かです。
また、全く、人間的な配慮や評価から自由な境地で献金することを通して、福音のために共に苦しみと喜びに与るという姿勢も素晴らしいことです。(松見俊)