1: 人間の理解の限界
今日の箇所でイエス様が2度目の「十字架と復活」の予告をされました。「弟子たちは非常に悲しんだ」(23)のです。弟子たちは、イエス様が死なれるということはすぐ理解できたのですが、イエス様が復活されるということは理解できず、受け取れなかったのです。復活は、私たちの心を変える出来事です。受け入れることができないわけではありません。しかし頭で理解する限界を超えているとも言えます。
2: ペトロの判断
ペトロのところに神殿税を集める者たちがやってきて、「あなたの先生は神殿税を納めないのか」(24)と尋ねてきたのです。この問いは、ユダヤ教を支持するか、ローマ帝国を支持するかを問いかけているのです。ペトロはすぐに「神殿税を納めます」と答えました。このペトロの判断は自分の保身のためでもありました。私たちはいったい何を基準に決断して生きているでしょうか。
3: 隣人を躓かせないために
ペトロに対してイエス様は「彼らを躓かせないようにしよう」と言われるのです。イエス様は、私たちが神様に従って生きるための判断基準を教えてくださっているのです。「隣人を躓かせることのないように」、「隣人を愛して判断しなさい」と教えられているのです。
4: 愛するために起こされた奇跡
隣人を躓かせないために生きることがいつもできるでしょうか。私たちは隣人のために生きることが出来ない弱さを持っています。イエス様は、魚の中から銀貨をくださいました。イエス様は、この行為を通して、隣人を愛することができない者のために、神様が奇跡の力をもって愛を与えてくださることを教えているのです。わたしたちはまず、神様に愛されているということを感謝しましょう。神様の愛が私たちに注がれている奇跡の出来事を信じましょう。(笠井元)