1: 何をもって幸せとするのか
今、皆さんは幸せでしょうか。何をもって自分は幸せ、不幸せだと思っているのでしょうか。今日の聖書は、幸せはどこにあるのか、何をもって本当の幸せというのかということを教えています。ここでは、幸せになるためにはどのようにしたらよいのか、また、災いが襲い掛からないためには、どのようにしたらよいのかということを語っているのではなく、私たちが何をもって幸せとするのかということを教えているのです。
2: 貧しい人々に語られた言葉
イエス様は弟子たちに向けてこの言葉を語られました。イエス様に従っていた弟子たちの多くは、実際に貧しかったと考えられます。「貧しい人々は幸いである」。この言葉を聞いた人たちの中でどれだけの人が「その通りだ」と納得し、受け入れることができたのでしょうか。貧しい人は、自分から求めて貧しくなったわけではなく、貧しさの中からどのようにして抜け出すのかを考えていたのではないでしょうか。
3: この世の幸せとは
この世での幸せというのは、立場や状況、時代や環境によっても違うものとなります。その中でも、幸せを求める方法というものは変わっていきます。ただ、それでも基本的なところでは物理的に豊かであること、良い暮らしができること、健康であることを目指しているという意味では、方法が変わっても、その方向性はあまり変わりません。
4: 貧しい者は幸いである
イエス様は「貧しい人々は幸いである・・・それは、神の国はあなた方のものであるからだ」と語らました。つまり貧しいことから、自分の無力さ、弱さを知る中で、神様により頼んでいく、「神様、助けてください」と求めることに幸せがあると教えているのです。これが本当の幸せなのです。神様によって生かされている、神様が備えて、導いてくださることを信じる時、「あなたは幸せである」と教えているのです。逆に神様を必要としない状態を不幸な状態と教えているのです。
5: イエス・キリストによって
神様は、私たちが自分の弱さを認め、神様を必要として生きる道を開くために、イエス・キリストをこの世に送ってくださったのです。イエス・キリストはどのような時にあっても、私たちと共にいてくださり、私たちを導いていてくださるのです。どれほど貧しく、飢えていて、泣いている状態にあっても、イエス・キリストは、そのような私たちと共にいて、共に泣き、共に悲しんでくださるのです。私たちは、このイエス・キリストの福音を受け取っていきましょう。(笠井元)