今日から次週12月3日まではバプテスト世界祈祷週間です。NCC/WCC世界祈祷日、BWA世界祈祷日とバプテスト世界祈祷週間の3つの祈りの伝統がありますが、「女性」たちが始めたこと、祈ること、そして「世界」への関心が共通しています。今朝は「世界」について考えます。
1.愛の対象:「世界」
ヨハネは「神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された」と言い、神の愛の対象は「世」であると言います。よりによって争いや不正が絶えないこの世を神は愛されたと言います。「世」「世界」に相当するギリシヤ語は「コスモス」ですが、これは「秩序」あるいは「秩序ある世界」を意味しています。確かに世界は神によって造られている以上「秩序ある世界」ですが、人間の悪によって歪められ「「混沌」(カオス)でもあります。「世」にはこのような両面があり、そこから「救い」また「裁き」「滅び」を経ての「再創造」ということも考えられるわけです。神の愛がすべての出発です。
2.ヨハネ伝における「この世」
ヨハネによる福音書では「世」(コスモス)は、大きく三つに分けて考えられていると思います。第一に、全被造物の全体、すべてを合わせたものです。第二に、神から頑なに離れている被造物、それ自身悪の中にいて、悪に染まっている世界です。第三に、目に見える人間たちの世界のことです。今朝のメッセージで重要な点は、私たちにとっても、不法、争い、理不尽さ、問題の大きさに怒り、絶望を起こさせ、無関心にならなければ「鬱鬱と」になってしまうような世界を「神が愛された」ということです。このことを念頭において、「世界」祈祷週間を迎えます。
3.異なった文化と異なった隣人に出会う喜びと痛み インドネシア青年伝道体の体験から
4.日本によるアジアへの戦争責任
大日本帝国がインデネシアの一部を占領し、その時捕虜にしたオランダ人女性を従軍慰安婦にした事実など。
5.教会の使命:祈ること
先日札幌教会の浦瀬祐司さんが西南学院大学神学部の奨学金委員会の仕事で福岡に来ら、対話をしました。彼は私とほぼ同年齢であり、共に反靖国神社・天皇制問題を担ってこられた社会的関心の強い方です。その方が「松見さん、キリスト教会にとって祈る事こそ重要な働きではないでしょうか?」と言われました。ウクライナとロシアの理不尽な戦争行動に加えて、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教に直結する、ガザ地区でのハマスとイスラエルの悲惨な武力紛争に直面して、絶望することなく、しかも世界に起こることに無関心にならずに、教会がなすべきことは「祈る事ですね」と言われた。その通りですね1と意気投合しました。戦争の絶えない世界に向かって、世界のために「祈ること」を止めてはならないと思います。世界は、「神がその独り子をお与えになったほど愛され」、自滅せずに、異質な他者と共に「救われる」ことを神は望んでおられるからです。「シャローム」(神にある平和)の実現のために祈りましょう。(松見俊)